体罰・暴言叱責、セクハラ…。部活動の闇から抜け出す方法

素晴らしい部活動生活を過ごす学生がいる一方で、「もう辞めたい!」「もう死にたい!」そんな思いで、日々過ごしている子供も一定数いるのでは思います。この記事にたどり着いた方も、部活動で何かしらの不安や不満を抱えているのではないでしょうか。

私も中学時代は高圧的な顧問のもとで3年間を過ごし、怒鳴り声にビクビクする日々でした。高校時代は暴言は多くありませんでしたが、顧問に頬を引っ叩かれたことがありました。高校1年生の練習時間は、ボール拾いとボトルへの水汲みだけ。練習後は鉄パイプを持った先輩達による挨拶・礼儀の指導と走りの日々。サッカーで全国を目指すようなチームでしたが、最初の数カ月はずっとそんな日々でした。「オレはこんなことをやるためにこの高校に来たのか?」そんなことを考える毎日でした。

このような経験を美徳として語る大人がいます。でもそうじゃない!絶対に間違い!もっと良い指導やスポーツ体験が提供されるべきです!

いまこの記事を見ているあなたはもっと壮絶なことを経験しているのかもしれません。でも、あたなは悪くない。悪いのはその闇だ。今すぐその闇から抜け出すための準備に取りかかりましょう。

目次

善悪の判断

日常的に経験している場合、悪いことなのかどうかも分からなくなってしまった人もいるかもしれない。でもこれらのことは全部ダメなこと。社会的に認められないということをまずは理解してください。

【暴力・体罰】
 殴る、蹴る、突き飛ばすなどの身体的制裁
【暴言・叱責】
 言葉や態度による人格の否定、脅迫、威圧、いじめや嫌がらせ
【セクシャルハラスメント】
【罰としての過剰なトレーニング】

少し立ち止まって冷静に考えてください。

街中で目撃した際に、それは”善”なのか”悪”なのか?
”スポーツの中であれば許させる”なんてことはありません。
”指導者と選手の関係だから許させる”なんてことはありません。
”教員と生徒の関係だから許させる”なんてことはありません。

あなたたちの状況

きっといろんなことを考えて、いまある現状を肯定しようとしていると思う。

勝負の世界はこれくらいのことは当たり前なんだ!

勝つためにはこれくらいのことは乗り越えないといけないんだ!

これを乗り越えれば人間的に成長できるはず!

あの指導者は凄い人だから付いていかないといけない!

私がミスしたから悪いんだ!

試合に負けた私たちが悪いんだ!

周りに迷惑かけるから、私一人が我慢すれば良いんだ

進路のために何とか我慢しなければいけないんだ

全部違いますよ。あなたは悪くない。悪いのは「暴力をふるう人」「暴言を吐く人」「セクハラする人」「罰を与える人」たちです。まずは自分の置かれた状況の善悪の判断をしましょう。複数の大人が見聞きしても許される行動かどうか、冷静に考えてみましょう。

闇から抜け出す「3手順」

権力で押さえつけてくる人間に、自分一人の力で対抗しようと思っても難しく感じてしまうと思います。それは当然です。強い相手と戦うためには戦略が必要です。その戦略に沿って、戦う前に準備をしましょう。ポケモンやドラクエなどのゲームとやることは一緒です。

  1. 仲間を集める
  2. 武器を集める
  3. 強い人に戦ってもらう

仲間を集める

まずは可能な限り仲間を集めましょう。仲間とは「仲が良い友達」だけではありません。「仲が良い友達」も心の支えになってくれるかもしれませんが、「一緒に戦ってくれる仲間」も集めましょう。ラスボスを倒すために一緒に戦ってくれる人は、「実際に被害を受けている人」「目撃したことがある人」です。

周りに相談するのは辛いことでしょう。恥ずかしいことでしょう。気持ちを理解してくれなかったらさらにショックを受けるかもしれません。でも同じ「被害者」や「目撃者」であれば理解を示してくれるかもしれません。

武器を集める

ドラクエでは、素手で戦うより「メタルキングの剣」を装備していた方が強いですよね。ファイナルファンタジーでは「ラグナロク」や「エクスカリバー」など強力な武器があります。それでは、部活動の闇と戦うための武器はどんなものがあるでしょうか。

それは「証拠」です。

「動画」や「音声」があれば動かぬ証拠となります。日大アメフト部員の悪質タックル問題も、SNSによる映像の拡散により社会への大きな問題提起となりました。

「動画」や「音声」は客観的に物事を判断するための強力な武器となります。

しかし、”録画”したり”録音”するためには、スマホやカメラ、ボイスレコーダーなどを隠し持たないといけません。または、どこかに設置しておかないといけません。もし相手に見つかった時は、それ自体にリスクがあるような気がしてしまいますよね。

そんなときは最低限の証拠として「記録」をとりましょう。

記録も立派な証拠になります。ただし、記録は主観的な要素が強くなりがちなため、記録をとる際には、以下の観点を意識して記載すると良いです。

  • いつ
  • どこで
  • だれが
  • だれに
  • 何をされた(言われた)のか
  • なぜ?
  • どのようなこと
  • 目撃者
  • 被害(怪我や物質的損失など)の程度

【例示】
・2022/3/1(火)17:00頃 サッカー部の練習中
・グラウンド内で、
・私とAくんが ・鬼先生から、
・暴力を受けた。
・「試合でミスをした」という理由で、
・私は左頬を1発殴られ、Aくんは左脚の太ももを1回蹴られた。
・その日部活動に参加していたサッカー部全員が目撃していた。
・私は口の中から出血し歯が欠けた。Aくんは脚を痛めてその日は走ることができなかった。

記録には、事実を記載します。証拠が多い方が信憑性が高くなりますが、記録は多くとるよりも「正確な事実」を「具体的」に記載した方が良いでしょう。量を貯めるために我慢し続ける必要はありません。

強い人に戦ってもらう

武器(証拠)を手に入れたら、次はどうすれば良いでしょう。レベル5のあなたが「メタルキングの剣」を手に入れたからといってラスボスに勝てるわけではありません。ではどうしますか?ポイントは「加害者よりレベルが高い人(強い人)」に武器を預けて助けてもらうことです。

証拠をもとに、立場が上の人に助けを求めましょう。

相談先としては、以下のような感じでしょうか。

(例)サッカー部顧問と戦う場合の相談先
<学校関係者>
 ・校長・教頭
 ・教育委員会
 ・文部科学省
<サッカー関係者>
 ・市町村のサッカー協会
 ・都道府県のサッカー協会
 ・日本サッカー協会
<その他競技関係者>
 ・日本スポーツ協会(スポーツ少年団)
 ・中体連(中学校の部活動)
 ・高体連(高校の部活

スポーツ庁のホームページにも、相談先の一覧が載っているので参考に確認してみてください。

相談先の人間が大きな問題として捉えてくれないこともあるかもしれません。保身に走る人間は少なからず大人にもいるものです。その時は、そのやり取りも記録に残しながら、より立場が上の人・組織へ駆け込んでいきましょう。その中で必ず助けてくれる人がいるでしょう。

戦略「強い人に戦ってもらう」は学校でのイジメ対応にも使えると思います。
「いじめっ子よりケンカが強いヤンキーに助けてもらえ」

心のブレーキをはずして、自分の信じる道を

手順が分かってもなかなか一歩踏み出せないかもしれません。いろんなことを考えてしまって自分の心のブレーキを踏んでしまいがちです。

「チクる」は悪

昔、友達から「お前先生にチクるんじゃねーぞ」「誰にも言うんじゃないぞ」なんて言われたことがありました。自分自身「チクること」=「ダメなこと」のように学んできたような気がします。

しかし、大人になって分かりましたが、その認識は間違いでした。「チクる」のではなく「ホウレンソウ(報告・連絡・相談」です。社会人一年目の最初に学ぶ基礎能力です。

「チクる」ことが悪であると洗脳されていましたが、実際は悪いことをする人が自分を守るために都合よく使っていた言葉でした。誰かにバレることに怯えている人が使っていた言葉です。

例えば、会社のお金を不正に使用されていることを知った時にどのように対処するでしょうか?このような問題は当事者同士だけで解決していい問題ではありませんよね。社会人であれば、必ず上司に報告・連絡・相談します。言いづらいことは、内部通報や外部通報という制度もあります。大人も同じプロセス(ホウレンソウ)で解決するものです。不正を見て見ぬふりすることはありません。あなたのホウレンソウは「チクり」ではありません。

指導者が解任されたら弱くなる?

もし指導者が辞めることになってしまえば、チームが弱くなってしまうんじゃないか?

部活のみんなに迷惑がかかるんじゃないか?

そんなこと考えてしまうこともあると思います。でも、結果を出せば何をしても許されるのでしょうか?結果が何よりも大事なのでしょうか。その思考はとても危険だと思います。

社会人が仕事のノルマを達成するためなら不正やパワハラをしてもいいのでしょうか?部下を死ぬほど働かせても良いのでしょうか?そうじゃないこと分かるはずです。それはスポーツの世界でも同じです。スポーツ選手が結果を出すためにドーピングをしたらダメなことは理解できるはずです。暴力や暴言、セクハラはなぜ許されると思うのでしょうか。

結果を求めることはとても大事なことです。ただし、結果を出すためならどんなプロセスでも構わないということではないはずです。全国大会に出場することや優勝することに価値がありません。全国大会の出場選手や優勝選手なんて、競技や学年を飛び越えれば、数万人から数十万人もいるのではないでしょうか。結果そのものには価値はありません。

本当の価値は、結果を追い求めたその道のりそのものにあります。

自分が好きなスポーツに対してどのような姿勢で取り組んできたのか
どのような工夫を自分なりにしてきたのか
自分を律して努力を継続することができたのか
チームのパフォーマンス向上のために自分はどのような役割を果たしたのか

他者への思いやりや地域社会とのつながり、そういったスポーツの中の一つ一つの喜怒哀楽や取組みの姿勢に価値があるのではないでしょうか。

そもそも勝利至上主義から抜け出せば、日本のスポーツはもっと強くなる、と私は本気で思っています。その理由は別記事で記載しようと思います。

最後に

加害者もビビっているかもしれません。加害者も自身がしていることについて「この人には知られなくない」という存在がいるはずです。みんな人間ですから。それでも、あなたが一歩踏み出すのにはとても勇気がいるかもしれません。闇から抜け出す方法があったとしても、「私にはできないよ」と思う人もいるかもしれません。でも、どのような選択をしたとしても自分を責めないでほしい。「あなたは悪くない」これだけは知っておいてほしい。ある本にこんなようなことが書いてありました。

「選択」自体には正解も誤りもない。「選択」にはなんの価値もない。その後の「自分の行動」によってその「選択」が正解にもなるし誤りにもなる。大事なのは「自分の行動」だけ。

心が疲れたら好きな音楽でも聴いてください。私はケツメイシの「」「心の声」「ライフイズビューティフル」を聴いて泣いていました。今後のみんなの人生が明るく楽しいものであることを願っています。

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この記事を書いた人

元フットサル選手の父
スポ少チームで万年補欠だった小5息子が「プロになりたい」と言う。小4冬に高圧的指導・長時間練習に耐えきれなくなりチームを退団。小5春から新しいチームで再出発

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